東京都西東京市にある真言宗智山派の寺院
光明山 福生院 如意輪寺
如意輪寺(にょいりんじ)は、山号は 光明山、院号を福生院と号し、本尊は大日如来を祀る。当寺は真言宗智山派に所属しており、総本山は京都東山七条にある智積院である。
電話番号:042-421-3014
【営業時間・定休日】
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【住所・地図】
〒202-0011 東京都西東京市泉町2丁目15-7 (大きな地図で見る)
西武池袋線・ひばりが丘駅 徒歩16分
【こだわり】

本堂
当寺の本尊は、新編武蔵野風土記などにも記述されているとおり往古以来不動明王が奉安されていたが、明治二十五年(1892)の火災により本堂と本尊の不動明王像を焼失した。そしてコンクリート造りの新本堂大日殿を建立(昭和五十一年・1976)するとともに、現在は江戸時代(享保五年・1720)作製の金剛界大日如来を本尊として祀る。

観音堂
観音堂には如意輪観音菩薩を奉祀し古来より保谷の観音様と親しまれている。
当寺は明治二十五年(1892)12月31日の火災により、本尊不動明王を始め本堂庫裏共々古記録文書等はすべて灰燼に帰したが境内東南の隅に離れて建てられていた観音堂は消失をまぬがれ、大正二年(1913)現在地に移築され長らく本堂の替わりとして使用された。

鐘楼堂
当寺鐘楼堂の楼は安永七年に建立され、大梵鐘には文化12年乙亥9月28日、鋳物師武州八王子横川住、加藤勘兵ヱ尉藤原包教と刻されていた。しかしこの鐘は昭和17年に太平洋戦争のために徴発受け供出されたが、昭和30年11月20日に復元再鋳し完成に至った。楼は老朽化で更なる改築を行い、令和5年3月31日現在の鐘楼堂の姿となった。
【おすすめポイント】
<POINT 1>
山門の金剛力士像
保谷・志木線 の道路に面して赤い山門が建っており、その両側には高さ2.7mの大きな仁王像が安置されている。錦戸新観師が東大寺南大門の仁王尊の原型を模して彫刻し鋳金家藤原武氏が鋳造したもので、青銅像としては珍しい像である。
<POINT 2>
馬駈祭り
軍用、農耕、運輸交通にと人間にとって信仰と馬は古くから縁を持ち、化政期に至ると観音信仰と結びついて江戸中期の街道沿いには馬頭観世音と書かれた古碑が随所に造立された。観音菩薩を本尊とする寺院では大切な馬の無事息災を祈り「馬駈け市」と呼ばれる盛大な祭が催されるようになり、ここ保谷の観音様(3月15日縁日)でも有名であった。
<POINT 3>
花嫁詣り
そしてこの日には、花嫁詣りという珍しい風習が見られた。嫁入りの時の衣装、髪形をそのままに整えた花嫁さんが、多くの人々への披露も兼ねて観音詣りに集まって来た。
このように、上保谷村の古刹如意輪寺観音堂では明治十七年同寺観音講連中惣世話人により、その模様を描いた大絵馬が観音堂に奉納されている。(西東京市指定文化財第44号)
<POINT 4>
石仏群
江戸時代に街道の路傍に建立された石仏が数基境内に安置されている。旧上保谷村の富士街道などに建てられていた石仏が、市街化により原位置に立ち続けることが困難になり、如意輪寺の境内に集められたものである。ほとんどが1700年代に建立されたもので、庚申塔など民間信仰を伝える文化財である。
【サービス】
縁起・由来
草創の正年代は不詳だが、当寺には応長元年(1311)、嘉吉四年(1441)、寛正二年(1461)の板碑が保存されている。
これらの資料や、古武蔵野の開発史から考えて当寺の草創は相当古く、北条氏時代(1500)以前頃まで遡ると推定される。

霊場・札所
・武蔵野三十三観音霊場 第四番札所
・多摩新四国八十八ヶ所霊場 第三十五番札所
※御朱印・奉納経 受付しております。
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【写真】

山門(仁王門)

馬頭観世音

戦没戦災霊守護地蔵(和楽地蔵)

馬駈け市大絵馬
【基本情報】
会社名
如意輪寺
電話番号
042-421-3014 FAX.042-423-8421
住所
〒202-0011 東京都西東京市泉町2丁目15-7(大きな地図で見る)
アクセス
西武池袋線・ひばりが丘駅 徒歩16分
営業時間
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定休日
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駐車場
有
業種
寺院
現金以外の支払い方法
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