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トクゲツロウ

得月樓

★創業145有余年 
陽輝樓の伝統を今に受継ぐ料亭

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088-882-0101

かつての貴賓室を復元 した高陽の間は幕末の著名な庭師の手による優美な日本庭園に面し、高雅さをただよわせます。初代により取り入れられた会席料理は皿鉢料理と並び得月楼の代表的な料理として受け継がれてまいりました。

イチオシ情報

★土佐の珍味 得月樓の酒盗  全国配送承ります!

  • 土佐皿鉢料理土佐皿鉢料理
  • お座敷お座敷
  • 庭園庭園

詳細情報

【ご案内】
打ち水がしかれた石畳。
四季折々の情趣に富む庭園。
柱や床、天井の木目の美しさや障子越しに映える光と影の妙。
木の香もゆかしい数寄屋造りの風雅なたたずまいに南海第一と謳われた往時の姿がしのばれます。


【お料理】
土佐皿鉢料理
山海の幸に恵まれた土佐。
その新鮮な感覚を豪快に、しかも繊細に盛り込んだ皿鉢料理。
伝統の技に培われた土佐の代表的な料理をあますことなく満喫していただけます。

土佐会席料理
初代により取り入れられた会席料理は皿鉢料理と並び得月樓の代表的な料理として
受け継がれてまいりました。
旬の材料と磨き抜かれた技、一品一品にこめたこまやかな心づかいが伝統の味をささえます。


【盆梅】
四代にわたって作り育てた秘蔵の盆梅二百余鉢。
大広間を芳香で満たす古梅群、そして雪渓梅、悲恋梅などの銘花。
毎年一月中旬になると二百年、三百年の古梅が己が生命の花を、
一斉に咲かせ土佐路に春を告げます。


【陽暉楼】
江戸時代、土佐藩では芝居や料亭は厳禁されていたが、明治に入り解禁となった。
禁制が解かれると鏡川湖畔にお茶屋町・玉水新地ができあがり、
妓楼や芝居小屋では毎夜三味線や鼓の音が鳴り響き、男女が歓楽する町として賑わった。
陽暉楼は明治三年に創業。すでにいくつか大楼があったが当時としては斬新な企画を次々と開催した。
書画会を起こし、文人墨客を集め土佐ではじめて大墨画会を催したり、
会席料理の導入、大広間に著名人の絵や書をかかげたりした。やがて名が高まり、
連日賑わうようになった。
明治11年、中秋の名月の日に熊本城から凱旋した将軍谷千城の帰国祝いをかねて観月会を開催。
その時、谷千城が「近水楼台先得月、向陽花木易為春」の詩から「陽暉楼」を「得月樓」と命名した。

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