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サンノウサン

さんのうさん

布勢の山王さんは
往古より子どもの守護神として親しまれています

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0857-28-4371

  • 山王社は藩主の祈祷所として、格別の尊崇を受けました
室町時代、山名時氏が
近江国坂本の日吉神社を分霊


祭神は
太山祇大神(おおやまずみのおおかみ)
太山咋大神(おおやまくいのおおかみ)
大己貴大神(おほあなむちのおおかみ)
少名彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
猿田彦太神(さるたひこのおおかみ)
素盞鳴太神(すさのおのおおかみ)の六柱であります
  • ☆肌身離さず身に付けて安全成長・災厄退散の御神徳をいただく☆肌身離さず身に付けて安全成長・災厄退散の御神徳をいただく
  • ☆本殿両脇には銅猿三体が奉納され右の雄は金幣を担ぎ☆本殿両脇には銅猿三体が奉納され右の雄は金幣を担ぎ
  • ☆左に雌は子どもの猿を抱いた姿をしています☆左に雌は子どもの猿を抱いた姿をしています

詳細情報

■□■山王宮日吉神社■□■

神社起源は南北朝時代、文和元年(1352年)
山名時氏が因幡・伯耆・但馬・美作・丹後・丹波の国の守護職となったおり、当時足利将軍が日本国中に並ぶものなき霊社、天下第一の名神であり、諸神の中では根本、万社の間では起因であると崇拝していた山王一実神道『耀天記(貞応2年・1223年に編纂)』に習い、守護神(六ヶ国の産土神)として近江国(滋賀県)の比叡山山麓の坂本“日吉大社”にそっくりに「西日本の国中無双の大社」を布勢の地に、湖山池を琵琶湖に見立て、山王権現を始め九院の仏閣まで巡らして九相天台の奥義をもって、布勢屋形を“九相武答天神の城”と呼称し、湖畔を巡って箱崎の松原、志加奴、長柄、三津、溝口といずれも近江湖畔の因縁の地名をおき、文和3年(1354年)に鬼門に当たる現卯山の山麓に坂本の日吉大社の分霊(山王21社)を勧請奉斎されたものである

池田藩の治下となり、山王社は徳川氏の拠る江戸の山王日枝神社(家康が坂本より勧請した山王権現で、徳川氏の氏神とした)に直結して、藩祖以来“布勢の日吉さん”と呼び習わすようになる

池田藩主代々は、元服までの若殿・姫君を氏子と定め、守護大神と賛仰して折々の社参りを怠らず、藩の祈祷所となって、時に参勤交代の儀式を行い社家上地は直触の待遇を受けた。この風儀は藩内の士に及び、付近の民衆や郡内は言うに及ばず播但より因雲の果てに御神威をひろげてゆく

以来、明治2年版籍奉還まで約240年間、山王社は藩主の祈祷所として格別の尊崇を受けた
神紋は池田家の揚羽の蝶を当神社のみ許され,当神社の氏子は当時殿(守護職)のみでありました


【猿と山王さん】
「猿は山王の使はしめにて」と古来から、お猿は山王権現の神使として紛れもなく時に神威の顕現し、神徳を帯して庶民の中に降りた
後に庚申信仰と結びつき、三猿思想と交流したりしたが、いつもお猿の背後に山王信仰は見え隠れした
しかも民俗の世界ではしばしばその霊力を幼児に籍したと伝えられている

山王さんは、子どもの守り神、安産の神、また忌み厄を除く神と崇められ、特に子どもの疳の虫をなだめ、夜泣きを封じる守護神として厚く信仰されており、お猿さんの形をしたぬいぐるみのお守りを持ち帰り、子どものカン虫、病気平癒、安全成長を祈願する
(お礼に翌年、子どもの着用した古着で縫いぐるみを1個作り、倍返しを行なう)

【山王祭り】
大祭は、平成8年までは毎年5月15日に行なわれていたが、平成9年より5月5日の子どもの日に施行している
参拝者は因幡はもちろん、但馬・伯耆・出雲・県外に及び、特に例祭日には臨時列車、臨時バスを出し25万、30万ともの参拝者を運んだとの事であった

≪ご祈祷等について≫
○子どもの安全成長祈願・病気平癒祈願
○安産祈願(腹帯をつける五ヶ月目の戌(いぬ)の日
○子どもの命名
○交通安全祈願
○病気平癒祈願
○地相・家相の診断 家屋等の修祓
※各厄除け 等
  • ☆昔から「布勢のさんのうさん」として親しまれている☆昔から「布勢のさんのうさん」として親しまれている
  • ☆山王の神の使いとされ、幼児の守り神として霊験著しい☆山王の神の使いとされ、幼児の守り神として霊験著しい

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