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イセジ

伊勢寺

時をかさねた心の安らぎを…
 曹洞宗 金剛山 象王窟 伊勢寺

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伊 勢 姫 隠 棲 跡
古曽部入道能因法師奉安所

平安時代の女流歌人で36歌仙の一人、伊勢姫ゆかりの寺と言われています。本堂西側には伊勢廟堂があり、そばに立つ顕彰碑は慶安4年建立、台座が亀の形をした珍しいもの。毎年1月に百人一首かるた会、12月に伊勢姫忌が催され、平安ののどかな時代を感じさせてくれます

イチオシ情報

新古今和歌集巻十一恋一に「題しらず伊勢」として見える、百人一首の中のこの歌は、千年余を隔てた今も、つよく吾々の心を打つものがある。「昔、男ありけり…」で始まる伊勢物語りも又、伊勢姫の作であるともいわれる。
現在、寺には伊勢姫遺愛の〔古鏡一面〕〔古硯一個〕その着物の一部である〔蜀江錦一片〕を伝え寺宝としている、又、伊勢姫の命日と伝えられる十二月二十日には、毎年「伊勢姫忌」を修してその風雅を偲んでいる。

  • 永代供養墓久遠祀苑永代供養墓久遠祀苑

詳細情報

金剛山象王窟伊勢寺は、夢のようにあでやかな平安時代に、美しい容貌と豊かな文学的才能に恵まれて、その数奇な生涯を生きた、伊勢姫の住居跡に建てられた寺である。

その後、高槻城主高山右近が織田信長に攻められた天正の頃、兵火に焼かれ、当時の住職東雲和尚は、わずかに草庵を建てて寺名を伝えたが、徳川家康の手によって戦乱が収まった元和元年、宗永和尚が寺をついでから寺運大いに栄え、本山総持寺から蕉石和尚を請して中興開山とし、天台宗を改め曹洞宗とし、四百年を経た今なお大本山総持寺直末として、曹洞宗の古風を宣揚している。

本尊観世音菩薩像は、慈覚大師の作と伝えられ戦禍に耐え風雪にも侵されず、平安の頃そのままの温容を保っている。

現在、境内の広さは約五百坪、本堂、庫裡、土蔵、地蔵堂、祖師堂、中興堂、不動堂、鐘楼、伊勢廟があり、本堂にかかる扁僧、心越禅師の筆頭である。

本堂東側の不動堂には、長八寸五分、月山貞勝作の守護劒を持つ、不動明王が安置され〔厄除子育不動尊〕としても今も多くの信者を集めている。

■伊勢廟
境内墓地の中腹にあり、昔は古墳であったと伝えられているが、現在は、小さな廟堂の中に自然石をまつり、伊勢姫を偲ぶよすがとしている。

■伊勢桜
境内にある数株の山桜で、晩春の頃 淡い色の可憐な花をつける。

見る人もなき山里のさくら花
 ほかの散りなん後に咲かまし

と伊勢姫が詠んだ桜で、幽楼後の心情が偲ばれる。

■能因塚
あらし吹くみむろの山のもみじ葉は
 たつ田の川の錦なりけり

と詠んだ能因法師は、伊勢姫没後の人であるが、伊勢姫を心の恋人とした。
彼の住居跡は塚の前方にあり、現在、松林庵と呼ばれ、また近くに、彼の歌文古を埋めた「文塚」も現在している。彼が手すさびに焼いた古曽部焼は今もその風雅を伝えている。

■名士の墓
境内内墓地には、伊勢廟を始め、高山右近の主君である〔和田伊賀守維政の墓〕、詩人〔高階春帆の墓〕、その他、高槻市内名家、名士の墓が多数ある。

■附近の名勝
●上宮天満宮
大宰府天満宮の次に建てられた日本で二番目の天満宮

●中将塚
伊勢物語の主人公である在原業平の墓と言われている。

●不老水
伊勢姫の茶の湯に使われたという名水
今もこんこんとわき続けています。

●花の井
能因法師が「あしびきの山下水に影にえて」と詠じた名水
今は涸れて石積みだけが残っています。

  • 永代納骨塔永代納骨塔
  • 筆供養法要筆供養法要
  • 動物納骨供養塔動物納骨供養塔

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