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ホウゲンジ

法源寺

禅宗 臨済宗妙心寺派
名古屋市西区
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★地下鉄庄内緑地公園西へ10分
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詳細情報

◆ 宗 派 : 臨済宗 妙心寺派 (禅宗)

◆ 名 称 : 江北山 法源寺

◆ 本 尊 : 釈迦無尼仏 木造坐像

◆ 住 所 : 名古屋市西区上小田井一丁目269番地

◆ 沿 革

< 創 建 >創始は文安2年(1445)坂井戸の地で青木正義を開基とし、
正福寺と称していた。開山は不詳。その後無住となり堂宇ほとんど壊滅の状態にあった。

< 再 建 >天文23年(1554)5月、現在地に移築し法源寺と改称した。
開基は織田信長公の妹、織田兵衛佐越前守太郎左衛門尉信張公の妻であり
織田(津田)又六朗信時の母、楊徳院殿(元亀元年(1570)2月1日没)である。
楊徳院殿は夫と子息の菩提追福の為、法源寺を設立。名古屋市中区矢場町にある
政秀寺開山沢彦和尚の弟子、吉庭慶公を首座として迎え中興開山とした。
開基楊徳院殿の子の雲頂院殿(織田信時)は天平2年(1574)8月2日、
長島にて戦死した。夫の青龍院殿(織田信張)は小田井(於田井)の領主で
禄高は3万6千石であったが、天平15年(1587)9月22日大津にて死亡した。

< 中 興 >4代120年を経て、政秀寺第5代江天和尚の弟子、北潭和尚を
迎え政秀寺法類寺院となった。故に北潭和尚を法地開山、江天和尚を開祖としている。
北潭和尚は名古屋城主徳川源敬公(尾張藩祖徳川義直)の二の丸貞松院殿の子で、
再建にあたり母より普請金を下付せられて寛文12年(1672)再興した。
徳川家出身の因縁により、特に寺紋として三つ葉葵紋を許されている。

< 現 在 >天保11年(1840)7月、第6世笑岩和尚により本堂再中興されるが、
明治24年(1891)10月24日の濃尾大地震により本堂・庫裡ともすべて崩壊。
当時住職の第9世説門和尚庫裡を再建中遷化され、その後第10世恭道和尚も
再建に尽力するも志半ばに急逝。寺務担当者を失い檀信徒大いに落胆する。

ここに元住職第8世拙安和尚が老躯をもいとわず再建に努力し、
その後第11代世瓊山和尚に引き継ぐ。明治30年(1987)に一応の完成をみる。
明治34年(1901)11月に落慶式を挙行。世瓊山和尚27年、
第12世栖山和尚50年の住職中、逐次補足改修を重ね、
現住職第13世義孝和尚に至り現在の伽藍となる。

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