文字サイズ

サイフクジ

最福寺

浄土真宗本願寺派
泰平山最福寺

お電話はこちら

046-881-2882

三浦半島、三崎の先端、最福寺のある丘陵は光溢れ、風さわやかな丘です。
気候も温暖で晴れた日には東に東京湾、房総半島、西に相模湾、富士山を
見渡すことができます。南には三崎港の賑わいの彼方に
大島の姿を見ることもできます。
当山にとって、光と風、そして広々とした風景が何よりのたからものです。

お知らせ

鎌倉で開山した最福寺が三浦の地に移転して約500年。風雨や火災などにより本堂は幾たびか立て直されました。
仮本堂は90年の間よく風雨に耐えましたが、海風の吹き渡るこの地は仮本堂の老朽化を進めるものでもあり、
ご門徒の皆様の暖かいご理解とご協力の結果、平成16年5月に新本堂落成の運びとなりました。

詳細情報

【歴史】
最福寺に残る古文書によると最福寺の開基・桑田永教は京都丹波の出身、幼くして天台宗の総本山である比叡山延暦寺の門をたたいて出家得度しました。その後、比叡山での修行を終えた永教は建久年間に鎌倉に移ったようで、寛喜二年(1230)に最福寺の前々身となる天台宗寺院を建立しました。後に親鸞聖人の教えに帰依し、浄土真宗に転派しました。

その後、戦国争乱期のあおりをうけ天文元年(1531)、鎌倉から三崎・西の浜に移転
名称も変更し、海岸山西福寺と称するようになりました。
当時の西福寺は、観音堂(現・城谷山 音岸寺)と地蔵堂(現・海当山 延命庵)のある山地から山の下までを占め、本堂は平地にあったということです。

江戸時代になると漁業人口が急激に増加、漁港に隣接した西福寺の移転問題が持ち上がりました。当時の三崎奉行に掛け合い、代替地として船奉行・向井正綱の屋敷跡(現・境内地)を払い下げられ、現在の所在地に建立されました。それを契機として寺号も「海岸山 西福寺」から「泰平山 最福寺」に改めることになりました。

【年中行事】
2月 聖徳太子の太子講
親鸞聖人は聖徳太子を和国の教主として讃えています。
太子講は主に建設業界に携わる職人の間でおこなわれます。
聖徳太子を信仰する三崎町内の職人達が集まって太子像をまつり、講を執り行います。

3月・9月 彼岸会
毎年、春分と秋分の日(彼岸の中日)をはさんで前後3日、7日間にわたり読経・法話などを行います。彼岸とは此岸(現世)に対して彼岸(悟りの世界)を意味します。

8月 盂蘭盆会
盂蘭盆会教に説くように、もとは夏安居(1ヶ所に定住して学問修業に励むこと)を終わった僧に種々食べ物を供養する行事でしたが、わが国では祖先崇拝と結びついて盂蘭盆会が年中行事となりました。

10月 報恩講
報恩講は親鸞聖人をしのび、ご恩に報いるよう、お念仏をより一層尊く味あわわせていただこうということからはじまりました。浄土真宗で、最も大切な法要とされています。


【定例行事】
毎月10日 午後7:30~真宗教学勉強会(壮年会)
毎月20日 午後2:00~法話と仏教賛歌(婦人会)

  • 本堂本堂
  • 墓地から城ヶ島を見渡せる絶景墓地から城ヶ島を見渡せる絶景
  • 江戸時代に作られた階段江戸時代に作られた階段

二次元バーコード

最福寺2次元バーコード