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ニョイリンジ

如意輪寺

東京都西東京市にある真言宗智山派の寺院

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如意輪寺(にょいりんじ)は東京都西東京市にある真言宗智山派の寺院である。
山号は光明山、院号を福生院と号し、本尊は大日如来を祀る。
  • 観音堂観音堂
  • 仁王門仁王門
  • 鐘楼堂鐘楼堂

詳細情報

■■ 光明山 福生院 如意輪寺 ■■

如意輪寺(にょいりんじ)は東京都西東京市にある真言宗智山派の寺院である。山号は光明山、院号を福生院と号し、本尊は大日如来を祀る。如意輪寺の本尊は本来不動明王であったが、明治25年(1892年)の火災により本堂、庫裡などと共に本尊の不動明王や古文書なども全て焼失したため、創建年代などは不明。
寺内の墓地に中興開山といわれる第七世恵定法印の五輪塔があり、正保四年(1647年)示寂の銘があることから寺の歴史は古く、草創は北條氏時代(1500年頃)まで遡ると推定されている。
また、応長元年(1311年)、嘉吉四年(1441年)、寛正二年(1461年)の板碑も残されている。

武蔵野観音霊場 第4番札所
多摩新四国八十八ヶ所霊場 第35番札所


【年中行事】

・1月18日 初観音
・3月彼岸 春彼岸会
・4月15日 観音大護摩会
・7月10日 大施餓鬼会
・9月彼岸 秋彼岸会
・12月18日 大般若会


【住職】 高麗行真

本堂

本堂の大日殿はコンクリート造りで、昭和51年(1976年)に落成した。明治25年の火災により本堂と以前の本尊であった不動明王像を焼失した。以降は享保五年(1720年)鋳造の金剛界大日如来を本尊として安置する。

観音堂
如意輪寺の堂宇は明治25年の火災でほぼ全焼したが、境内の東南の端にあった観音堂のみ焼失を免れた。入母屋造の観音堂は安永五年(1776年)に建立されたもので、大正2年(1913年)に現在の位置に移された。観音堂には秘仏の如意輪観音を安置する。

山門の金剛力士像
保谷・志木線の道路に面して赤い山門が建っている。石畳みの参道の脇にはきれいに刈り込まれた植栽が続いている。山門の両側には高さ2.7mの大きな仁王像が安置されている。錦戸新観師が東大寺南大門の仁王尊の原型を模して彫刻し、鋳金家藤原武氏が鋳造したものである。

鐘楼堂
当寺鐘楼堂の楼は、安永七年(1778)に建立され、大梵鐘には、文化12年(1815)乙亥9月28日、鋳物師武州八王子横川住、加藤勘兵ヱ尉藤原包教、と刻されていた。しかし、この鐘は昭和17年に太平洋戦争のために徴発受け供出されたが、昭和30年11月20日に戦没者慰霊と万国永遠の平和を祈念して復元再鋳し完成に至った。そして楼は令和5年3月31日、老朽化による更なる改築を行い現在の鐘楼堂の姿となった。(大梵鐘は昭和30年当時のもの)

馬駈祭りと花嫁詣り
信仰と馬は古くから縁を持つが、江戸中期になると街道のあちこちに石仏の馬頭観音が造立されて、農事や伝馬御用など重い荷物を運ぶ労役用の家畜としていた飼馬を大切にする信仰が現れた。村落のお祭りが盛大になる化政期に至ると、観音信仰と結びついて村々の観音菩薩を本尊とする寺院や観音堂に馬持中による「馬駈け市」と呼ぶにぎやかな祭が催されるようになった。観音の縁日の3月15日、五色の布を胴に巻いた飾り馬多数が寺やお堂を激しく駈けめぐるのだが、この日は出店や見世物小屋などの市が立ち、この一年間に村に輿入れした花嫁がお参りする習俗も生まれ、別名「花嫁市」とも呼ばれた。
上保谷村の古刹如意輪寺観音堂でも、村のまつりの日となった馬駈け市が催されたが、明治17年同寺観音講連中惣世話人により、その模様をリアルに描いた縦114cm、横181cmの大絵馬となって観音堂に奉納され、今も堂内を飾っている。


石仏群
江戸時代に街道の路傍に建立された石仏が数基境内に安置されている。旧上保谷村の富士街道などに建てられていた石仏が、市街化により原位置に立ち続けることが困難になり、如意輪寺の境内に集められたものである。ほとんどが1700年代に建立されたもので、庚申塔など民間信仰を伝える文化財である。

  • 石仏群石仏群
  • 戦没戦災霊守護地蔵戦没戦災霊守護地蔵
  • 馬駈け市大絵馬馬駈け市大絵馬

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