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繁栄と共に人口が増え、街には市場ができ、港から水揚げされたばかりの新鮮な魚介類が並ぶようになりました。
大正後期から昭和の始めの頃、その食材の宝庫に目を付けた若者達が全国各地で板前の修業を積んだ後、ここ小樽で寿司屋を次々と開業するようになり、現在では、市内に130店以上に及ぶ寿司店が建ち並びました。
そこで、全国に向けて名所を作ろうということで老舗の店主達が発足し、札幌ススキノの「ラーメン横丁」に対抗すべく、昭和62年に地獄坂へ続く国道5号から運河方向の200mの区間を「寿司屋通り」と命名しました。
現在では、「寿司の街おたる」にふさわしい名所ができ、日本全国に知られるようになりました。 |
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